子育ての正解・できない罪悪感


私の姉や友人はとてもパワフルで、毎日子供を連れて遊んだり、ママ友たちと出かけたりしているので、子供たちもわいわい遊べて楽しそうだな、と思っていました。彼女たちを見ていると、それに加えて、家事もサクサクこなしていたり、美味しそうな手料理を器用に作り、、、なんだか私からするとすごいなぁと思うのです。

私はわりかし出不精で、子供と遊ぶのも実は面倒臭かったりして、家事も適当で、それなのになんか毎日いっぱいいっぱいなので、姉や友人と比べては、息子が不憫だと思ったり、至らないなぁと思っていたのです。

でもある時、mama育の理恵先生に、「はるかさんって、わりと完璧主義ですか?」と聞かれて、それまで気がつきもしなかったのですが、わりと理想を追い求めてばかりいる傾向があることに気がつきました。

それはいつも誰かと比べてはここが足りない、あそこが足りない、という減点法をしていて、それを補うことに必死だった気がします。

でも、実際は補うことで満たされるどころか疲れていく一方でした。
私は「私にとって心地のいいこと」を選ぶことが大切だということに全然気がついていなかったのです。

この間鍼灸の先生に言われた言葉を借りれば、「分相応」を知らずして、理想を手に入れることはできないらしいです。


誰かと比べて私の子育てが充分じゃないからと、罪悪感を潜在的にいつも持っていたと思います。

甥っ子みたいにたくさん遊ばせてあげたいけどなかなかできない、お友達を作ってあげたいのになかなかできない、そういう自分の理想通りにいかないことで勝手に罪悪感を持ってはイライラしていたわけですが、今の私でしてあげられることをすればそれで十分であり、その罪悪感は無駄なエネルギーでしかないのだと思いました。

私の子育ては私のものでしかなく、姉の子育ては姉のものでしかく、どれが正解ということはないのです。そう考えると、「子育てに正解はない」というセリフは、そういうことかなあと思います。

誰かと比較してここが足りないというより、私の子育ての良さを伸ばしていくことに目を向けた方が、私も息子も笑顔で居られると思いました。

もちろん、他の方の子育てや生き方で、いいなと思うことは取り入れていったらいいなとは思いますが。

自分の世界観を大切にしつつ、周りと関わっていけたらな、と思います。
しかし、そうやって色々悩みながら子育てをする…それだけでもう既にそれは、立派な母親の愛なんじゃないかと思います ^ – ^

2016-07-21 | Posted in 子育てNo Comments » 

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