まほうのことば

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私が22歳の時にヨーガ療法士の勉強に通っていたときのこと、
ある療法士の方のお話でこころに残っていることがあります。
私はそのころ結婚も出産もしていない若い頃だったので、いまよりわりと「こどもごころ」を強くもっていました。

(こどもごころとは子供の立場から母親をみる視点ということです。今は逆になりつつあります。)

その療法士さんには20歳くらいの娘さんがいて、あるとき喧嘩をして口論になったそうです。その最後に、娘さんが、「お母さんにとって私は何なの!」と言い放って、部屋にこもってしまったそうです。

そんなふうな言葉が娘さんから出るなんて思っていなくて、そんなことははじめてだったので、しばし面食らって某然としてしまって、それから時間をかけて考えて、娘さんの部屋に入っていき、言いました。

「うまく言えないけど、とにかくお母さんにとってあなたは大切な宝物なのよ。」
そんな回答でよかったかわかんないけど、娘はそう、わかったとだけ言ってくれたから、まぁ、よかったのかもしれないけど、私にとって考えさせられる出来事だったわ、とその方はいっていました。
私はこころの中で「ビンゴ!その言葉よく言った!!」と叫びました。(なぜか上から目線)

なんってドストライクな言葉が出たんだろう、さすがヨーガの大先輩だと思ったのです。
だって、口論の続きもせず、説教もせず、言い訳もせず、ただ、「わたしのことどうもおってるの?!」の投げかけにのみ真摯に答えたところ、そして宝物だと表現したところ。
こどもが親に反抗するとき、

たてつくとき、内心ではわたしをわかってよ!といっていて、その根底には、愛してほしい!という願いがあるのだと私は思っています。
だから、例えけんかしても、分かり合えなくても、それでも宝物なんだよって言われたら、娘さんはそれで既に全てを肯定されたような、安心感に包まれたと思います。

親子とはいえ別の人間同士、世代も違えば性格もちがう。分かり合えなくて当たり前かもしれません。でもこどもは、じぶんの“存在”を親に否定されたと思ってしまいとても悲しくなることがあります。

こどもが本当に求めているのは意見に賛同してくれることではなく、存在を肯定してくれることだったりします。

なぜこの話に感動したかというと、私自身、長い間ずぅっと自分には価値がない、役に立たない人間だと強く思っていて、心身共にボロボロになっていた時期がありました。

でも、母が懸命に看護してくれたのち、「あなたが笑っていてくれたらただそれだけでいい」

と言ってくれました。
どうして勉強できない?

どうして人と同じように行動できない?

どうしてちゃんと働けない?
昔から劣等感だらけの私だったのに、このままでも生きていていいんだって生まれて初めて言われた時。肩の力が抜けて、ようやく、心から笑えるようになりました。

まわりの人たちに本当の意味で感謝ができるようになったのも、この頃からでした。

そんなことがあって、やっぱり、私はできるだけこどもに、大好き、大切って伝えようと思っています。

ちゃんと、言葉で伝えることは大切なんだと思います。


もし、お子さんがもう大人になってしまって、仲違いしたままだという方でも、私はいつでも遅くないと思います。

小さなこどもみたいに、抱っこしてほっぺたくっつけてだいすきって言えなくとも、ただ、しっかり目をみて伝えてあげたらいいと思います。

何歳であっても、親が真剣に向き合ってくれることは、こどもにとって本当に幸せです。

宝物だよ、はこどもにとってまほうのことば。怒ってしまう日もあるし、疲れて言えない日もあるし、これから息子が大きくなったらもっとぶつかりすれ違うことがあるかもしれない。

でも、この言葉を私の中から失ってしまわないように日々を送っていくことが、私の目標です。

2016-07-16 | Posted in 未分類No Comments » 

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